~ぶつかりあい、信頼しあい、進化させる~
蓮月の料理人 佐藤富美子さん
オープン以来一年、風格ある建物、洒落た内装、そしてボリュームのある料理が好評で、多くの人でにぎわっている。
特活!風雷社中の中村さんと蓮月オーナー輪島基史さんの出逢いは6年前。輪島さんが経営していた蒲田の古着屋「スパイス」のビルの2階に風雷の最初の事務所があったのだ。
「蓮月について取材してほしい」と中村さんから言われたものの、歴史ある建物の再建と店長輪島さんのストーリーは様々なところですでに取り上げられていた。
「料理人にインタビューはどうでしょう」
中村さんからOKをもらい、蓮月の料理人、佐藤富美子さんに会ってきた。
高校一年生と小学六年生の男の子を持つお母さんだ。
プロの料理人ではない佐藤さんが、なぜ蓮月の料理に携わるようになったのか・・・・・・
佐藤さんは友達数名と『蓮根(はすね)の会』という料理研究会を4年間続けてきた。
テーマを「じゃがいも」と決めたら、数種類のじゃがいもを用意し、様々な調理法を試していく。
どの種類がどんな料理に合うのかをさぐるためだ。ある時は蓮根、ある時は生姜といった具合に食材を突き詰めていく。
そんな少しマニアックな料理の会、それが『蓮根の会』だ。
ある時佐藤さんは会のメンバーに誘われて『池上和文化プロジェクト』の会合に参加する。閉店した蕎麦屋「蓮月庵」の建物を何とか残せないか、多くの人が集まっていた。長く池上の地に住んでいる人、蕎麦屋時代の常連さん、地域活性化の拠点にしたいと考える人、その数70名を超えていた。
その中に輪島さんがいた。その日はまさに長年経営していた古着屋を閉める日。導かれるようにその会合に出たという。
この建物をどうしていきたいのか、参加する人たちの想いも提案も様々だった。のち会合の人数は15名ほどに。輪島さんはそのメンバーのリーダーに就任する。話し合いの内容はまだ「店を経営していく」には程遠い状況にあった。
「このままだとなかなかまとまらないな」
佐藤さんは一歩退いた所で会の行方を見ていた。輪島さんが皆に語りかける。
「ここにいる人は、皆違う方向を向いている」
佐藤さんは自分の心が動くのを感じたという。そしてまた輪島さんもその時のことを鮮明に覚えていた。
「たまたま隣にいた佐藤さんと目が合ったんです。そしてこの人なら話が通じると直感的に感じました」
輪島さんは、佐藤さんに、ふと「スイーツをだせないかな」と声を掛けた。「ええで」と佐藤さん。この時、輪島さんは佐藤さんが料理研究会の主催者であることすら知らなかったのだから驚きだ。
このやりとりが2015年春のこと。
蓮月はここからわずか半年でオープンの日を迎えることになるのである。
佐藤さんは、輪島さんの依頼で、蓮月の料理開発を担当することになる。
オープン前後、二人は「やらなければならないこと」がいっぱいで、衝突を繰り返した。
「グダグダだった自分に佐藤さんが何度も切れた。一か月くらい口を聞かないこともあったんです。でも、料理に関して自分は素人、佐藤さんに厨房の中はまかせるしかなかった。今思うと彼女に多くのものを背負わせてしまった」
輪島さんはそう振り返る。
佐藤さんの意識も徐々に変わっていく。
「輪島さんにゆだねてみたんです。そうすることで物事を違う角度から見られるようになっていきました。ここは輪島さんの店、自分がその中でどんな役割を果たせばいいのかがわかるようになっていったんです」
佐藤さんの料理とはどういったものなのだろう。佐藤さんは料理開発だけでなく、素材の調達も行う。
「料理は素材」と言い切る。仕入れは自分の勘頼み。決して有機物だけにこだわっているわけではない。
ものを見て、手に取って、大丈夫と感じるものを直感で選ぶ。そして選んだものは気持ちを込めて扱う。
『蓮根の会』を通して様々な食材に真摯に向き合ってきたことがここに活かされている。
また佐藤さんは薬膳の勉強を長く続けていた。メニュー開発の際は、食べて身体によいものをどこかに取り入れるようにしている。押し付ける必要はない、ほんの少しでいい、お客様のために季節にあったものを取り入れてあげたい。そこには佐藤さんの心づかいと信念がこもっている。それが佐藤の料理、そして蓮月の料理なのだ。
「プロではないから常識はずれなこともできる。それも強みなのかもしれません」
佐藤さんの言葉に二年目を迎えたことへの自信が感じられる。
そんな佐藤さんの料理に誰より助けられたのが輪島さん自身だ。オーナーとして翻弄する日々の
中で、佐藤さんの料理を食べた時「心が回復する」のを感じたと言う。そんな体験は今までなかった。それが「佐藤の料理は絶対だ」とまで輪島さんが言い切る理由なのだ。
塩漬けにして二日寝かした豚をしっかりとゆで、照り焼きに仕上げる。白米の上に海苔を敷き、豚をのせる。添えられた白髪ねぎと唐辛子、そして小松菜が目に鮮やかだ。これが2016年の『OTA!いちおしグルメ』に選ばれたのだ。「佐藤と二人で泣きました」輪島さんはその時のことを振り返る。
こうして二人はいつしか、お互いに絶対的な信頼を寄せあい、喜びも哀しみも苦労も共有するようになっていった。
輪島さんと佐藤さん、一回り年の違う二人が両輪の役割を果たし、「蓮月」を前に進めている。多くのスタッフがそれを後押しする。
輪島さんの目指す蓮月のコンセプトは「家族」。
話を聞きながら、あなたたちこそ家族のようだと思わずにはいられなかった。
「佐藤さんってどんな存在ですか?」
「ゴッドねーちゃんですよ」
輪島さんは笑った。
誰かが、どこかでつぶやいていた。
「この場所を遺してくれてありがとう」
この建物がまだ池上の地にあることは奇跡のようなことだ。そして「佐藤の料理」もまた様々な奇跡から生まれたものだ。
この先も、ここで、長く長く、愛されていくに違いない。
古民家カフェ 連月
y-omiya